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公益財団法人サントリー生命科学財団


研究部の狙い

地球上に存在する多種多様な生物は普遍的および種独特の体内調節機構で個体を維持するとともに、相互に影響を及ぼしながら共存しています。このような生物の多様性は様々な形質の取捨選択や異種間の相互関係から獲得されたと考えられていますが、その機構については分子・遺伝子やそれらの機能レベルでは解明されていません。本研究部は、分子生物学的手法、細胞生物学的手法、生理学的手法、情報生物学的手法、質量分析法などを駆使しながら、動物、植物、および微生物を対象に生物の多様性を生み出す機構に多角的にアプローチし、最終的にその原理を分子レベルで解明することを目指します。

図 生物多様性を支える分子機構の解明

構成員

研究部長・主幹研究員佐竹 炎
主席研究員川田 剛士
主席研究員高橋 俊雄
 主席研究員 村田 純
 主席研究員 小山 知嗣
研究員酒井 翼
研究員 大杉 知裕
研究員 白石 慧
研究員 山本 竜也
研究員 松原 伸
特任研究員村田 佳子
協力研究員   桐本 真治
協力研究員   和田 明澄
協力研究員    藤澤 真琴 

*構成員名をクリックすると各人のプロフィールをご覧いただけます。

研究紹介

1. シグナル分子や代謝酵素が制御する生物種の継続と拡大の分子機構

図1 ホヤGnRH受容体ヘテロダイマー形成による機能制御

神経ペプチドやペプチドホルモンといったシグナル分子は、生殖、摂食、恒常性の維持、学習、記憶など、生体内で様々な生物学的役割を果たしています。私たちはカタユウレイボヤ(Ciona intestinalis)を対象としたこれまでの研究で、ホヤの神経ペプチドやペプチドホルモンを30種以上(これまでに明らかになっているホヤのペプチド性シグナル分子の約90%)同定しました。脊椎動物では、ペプチドホルモンの一種である生殖腺刺激ホルモン放出ホルモン(GnRH) は視床下部から分泌されて下垂体に作用します。一方、ホヤにもGnRHが存在しますが、ホヤは下垂体を持たないため、その生理機構は不明です。我々は、ホヤではGnRHが卵巣に直接作用すること、その作用はホヤのGnRH受容体パラログがヘテロダイマーを形成して制御されていることを突き止めました(図1)。また、哺乳類では痛みなどの侵害刺激を伝達する神経ペプチド、タキキニンのホヤ同族体は、プロテアーゼ(cathepsin D, carboxypeptidase B1, chymotrypsin)の活性化を介して卵黄形成期の卵細胞の成長を促進し、この作用は別の神経ペプチド、ニューロテンシンにより抑制されているという、これまで知られていなかった卵胞成長機構を発見しました(図2)。

図2 ホヤタキキニンとニューロテンシンに制御される新規卵細胞成長機構

最近の当研究部の研究で、ホヤ特異的なペプチドの受容体を情報学的に推測する方法、多数のペプチドの局在を同時に高解像度で決定する方法、および、各成長段階のホヤの卵胞の単離法などを開発し、他のペプチドやnon-coding RNAによるホヤの卵胞成長・卵成熟・排卵に至る機構の基本骨格を明らかにしつつあります。これらの機構の一部は、脊椎動物で不明だった卵胞成長機構にも保存されているという事実も、明らかにされつつあります。さらに、哺乳類からホヤまでの脊索動物門に限られていると考えられていた神経ペプチドのいくつかが、ごく限られた昆虫や軟体動物に存在し、しかも、対脊椎動物の毒性物質や防御物質など、従来の神経ペプチドとは異なる生物学的役割を担っていることが示されつつあります。これらの成果から、上記ペプチドのようなシグナル分子は個体の生体制御とともに、配偶子の形成(種の存続)、および、生物種の普遍性と多様性の双方に深くかかわっている物質であると考えられます。

現在、 (1)初期卵胞成長機構や卵成熟・排卵機構の進化上の原点、ならびに、その脊索動物門における普遍性と多様性 (2)ペプチド遺伝子の獲得による生物種の多様化のメカニズム を明らかにする研究に取り組んでいます。

2. アセチルコリン作動性再生の分子機構の解明と腸管再生系への展開

図1 小腸の組織構造

腸上皮細胞は腸管の内側を覆っている細胞で、摂取した食物の消化・吸収、腸内細菌に対するバリア機能などの役割を担っている細胞であります。これらの機能維持のため腸上皮細胞は腸上皮幹細胞から絶えず作られ、わずか3〜5日という短いスパンで入れ替わっています(図1)。その細胞種の適切な構成・分化が種々の転写因子により調節されていることが明らかにされています。また、幹細胞ニッチにはWntやBMPなどの分泌タンパク質が重要な役割を果たしていることが明らかにされつつあります。近年、古典的神経伝達物質として最も良く研究されているアセチルコリン(ACh)が哺乳類の心臓や免疫系などの非神経系にも存在し、ACh が組織および細胞特異的機能を担うことが明らかにされています。私たちは、腸管に着目し、腸上皮細胞が ACh を合成し、ACh が腸上皮幹細胞から腸上皮細胞への分化・増殖、維持機構に関与していることを明らかにすることを目的とし、研究を推進しています。

図2 オルガノイドの成長過程

腸上皮 ACh の存在および機能解析をする上で、神経系のない組織培養系の解析が不可欠であります。そこで、腸上皮幹細胞を含むクリプト(陰窩)を単離、培養する技法を確立しました(図2)。この培養法では、腸上皮細胞が立体的な組織構造体(オルガノイド)を形成し、腸上皮幹細胞を増やすと同時に腸上皮細胞機能も維持することが知られています。これまでに、マウス腸上皮及びオルガノイドには、神経系と同様に、コリン作動系に必要な構成要素が全て存在することを明らかにしました。このことは、当初構想した非神経性 ACh による腸の分化と組織形成の制御仮説を証明する根拠となるデータであります。また、オルガノイドを用いて非神経性 ACh の作用機構を解明する実験系の構築にも成功しています。本研究課題により、腸上皮 ACh が局所のシグナル分子であり、非神経系における ACh の生理作用の解明など新たなパラダイムを提唱できると期待しています。

3. 植物内在性鉄キレート化合物、ムギネ酸類による鉄輸送機構の解明

動物が摂取する栄養やミネラルは主に食糧や飼料として植物に由来しています。植物の生育には色々なミネラルが必要ですが、なかでも光合成を行う葉緑素の合成に鉄は重要です。鉄は、ケイ素やアルミニウムに次いで土壌中に豊富に含まれる元素ですが、中性からアルカリ性の土壌では水に不溶な三価鉄として存在しているので、植物は鉄をそのままの状態では利用することができません。大部分の植物は、根に存在する酵素を用いて不溶性の三価鉄を水溶性の二価鉄へ還元し、細胞膜にある二価鉄トランスポーターを経由して、鉄を細胞内に取り込んでいます。それに対して、イネ科植物は、その還元‐吸収の仕組みに加えて、根からファイトシデロフォア(ムギネ酸類)を分泌し、三価鉄と錯体を形成させ、可溶化して取り込む吸収機構を持っています。当研究所において、ムギネ酸およびその金属錯体の構造研究やムギネ酸類の生合成研究など多様な研究により成果が挙げられてきましたが、ムギネ酸鉄錯体の効果や根からの取り込み機構はまだ十分に解明されていませんでした。

イネ幼苗写真

イネ科植物は、いくらムギネ酸鉄錯体取り込み機構を持つとはいえ、アルカリ土壌では十分に生長することができません。世界の耕地面積の30%は耕作に不適なアルカリ土壌となっているので、深刻な問題です。我々はムギネ酸類のイネの苗の生育への影響を詳細に検討しました。pH 5.8ではイネは十分に生育しますが、pH 8.0では枯死してしまいます(右図、左端および左から4番目)。ところが、ムギネ酸の一種DMA (deoxymugineic acid)の濃度を変えて培地に投与すると、0.3 μMではそれぞれ変化がないようですが、30 μMの場合は、pH 5.8 でより大きく成長し、pH 8.0では成長が回復しました。草丈に加えて葉緑素の量を示すSPAD値においても、30 μMのDMAによってpH 5.8の場合と遜色ないレベルに回復すること、すなわちアルカリ耐性となることがわかりました(右図、右端)。

図

さらに、鉄欠乏状態のオオムギの根からムギネ酸三価鉄錯体トランスポーターであるHvYS1, HvYSL2を同定しました。HvYS1が根の表皮細胞に局在し、土壌からの鉄錯体吸収に関与し、ムギネ酸類三価鉄錯体特異的な輸送活性を持ちます。一方、HvYSL2は根の内皮細胞に局在し、細胞間隙あるいは細胞内を通って内皮細胞まで輸送されたムギネ酸三価鉄錯体およびムギネ酸生合成の前駆物質であるニコチアナミンと二価鉄との錯体を地下部から地上部へ輸送すると考えられ、トウモロコシから初めて同定されたトランスポーターZmYS1同様に二価および三価鉄のみではなく、銅、亜鉛、ニッケル、マンガン、コバルトなど、広範な二価金属とムギネ酸類との錯体を輸送することを明らかにしました。このようなYSLトランスポーターの基質選択性の違いを解明するために、HvYS1とZmYS1の相同性が低い膜外ループ領域を入れかえたキメラ体の活性測定、およびこの膜外ループペプチドのCDおよびNMR測定を行い、このループは広範な基質を輸送するZmYS1では決まった構造を取らないが、鉄錯体選択性のあるHvYS1はα-ヘリックス構造を取り、基質選択性に大きく関与することを明らかにしました(上図)。

今後、ムギネ酸類を対象にした研究は植物が鉄欠乏状態になるアルカリ土壌における穀物の成長促進効果など、応用面でも重要な展開が期待されています。現在、植物性食物に含まれるニコチアナミンによるヒトでの鉄吸収効果も検討しており、これら鉄キレート化合物やその鉄錯体トランスポーターを用いた社会への貢献を目指しています。

4. 植物の新規な根圏環境適応機構の解明

植物の根圏土壌には、植物に病気をもたらす、あるいは反対に成長を促進する多様な土壌微生物が存在します。しかし、特定の病原菌、あるいは根粒菌やAM菌などの代表例を除き、大部分の土壌微生物と植物との相互作用を支える分子メカニズムは全くといって良いほど明らかにされていません。

我々はこれまで植物成長を阻害する土壌微生物由来の揮発性化合物を同定し、それは土壌微生物が一般的に持つ化合物であることを明らかにしてきました。さらにその過程で、この揮発性化合物により成長阻害を受けた植物の根分泌物から、植物成長を促進する新規活性が見いだしました。現在、この活性因子の精製と同定を生物有機化学的アプローチにより試みています。本研究により植物の新規な根圏環境適応メカニズムが解明されれば、農業等に有用な基礎知見となることが期待されます。

図 土壌微生物由来シグナル因子の解明

5. 葉の発生を実行する分子実体の解明

植物を特徴づける器官と言える葉は、よく知られているように、品種・系統により多様な形や代謝を示します。植物の葉は、幹細胞から葉原基形成を経て、成熟葉となる点で、共通の発生経路を持ち、生物の共通性と多様性を支配するメカニズムを研究する上で、葉は適した対象となります。さらに、植物は個々の組織が独立して、形態形成・代謝・生理応答を統合する必要性が高く、ユニークな機能統合メカニズムを持つと考えられます。そこで本課題では、葉の発生メカニズムに関して、遺伝子、RNA、タンパク質、低分子化合物の観点から解析を行い、オリジナルな原理を見出すことを目的とし、将来的に「葉の形成、自由自在」を可能とする研究を推進します。

図

これまでに、葉の形成における植物特異的マスター転写因子の発見を端緒とし、葉の縁や表面の平らな形態を形成するメカニズムの一端を明らかにしました。この発見を基盤として、現在は、葉原基から成熟葉を形成し、老化(枯れること)に至るまで、マスター転写因子が包括的に制御することを期待した研究を行っています。特に、マスター転写因子の制御下にある遺伝子や共同して働く遺伝子・RNA・タンパク質・化合物の同定を進めています。これらの解析により、葉の発生を実行する細胞の分裂・伸長・分化・代謝等の分子実体と、それら機能を統合するメカニズムを解明します。将来的には、マスター転写因子とその協働因子を活用し、異形の葉の形成や、本来存在しない組織での異所形成など、葉を自由自在に形成することを目指しています。

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