カリフォルニアポピーに秘められた進化の戦略
― アルカロイドとカロテノイド生合成は異なる進化過程を経て成立 ―
*学術誌「The Plant Cell」に掲載*
【発表論文】
“Gene and genome duplications have contrasting impacts on biosynthetic and flower developmental pathways in California poppy”
The Plant Cell (2026), koag039
Le-Han Rössner, Clemens Rössner, Doudou Kong, Dominik Lotz, Andrea Weisert, Yasuyuki Yamada, Fumihiko Sato, Kevin Davies, Oliver Rupp, Jörg Fuchs, Ethan A Baldwin, John Lovell, Michael McKain, Kerrie Barry, Tomas Bruna, Jayson Talag, Jerry Jenkins, Rachel Walstead, Jane Grimwood, Jeremy Schmutz, James H Leebens-Mack, Annette Becker
Open access DOI: https://doi.org/10.1093/plcell/koag039
植物の有効成分や花色といった特徴は、必ずしも同じ進化様式によって形成されるわけではありません。このたび、橙色の花を咲かせるカリフォルニアポピー(ケシ科、和名:ハナビシソウ、Eschscholzia californica、写真参照)を対象とした独ギーセン大学 Annette Becker教授を代表とする国際共同研究により、アルカロイドとカロテノイドの生合成経路が、それぞれ異なる進化過程を経て成立してきたことが明らかになりました。本研究成果は、植物科学分野の国際誌「The Plant Cell」に掲載されました。
本研究では、アルカロイド生合成経路、カロテノイド生合成経路、および花の発生制御因子について遺伝子レベルで包括的な解析を実施しました。また、ハナビシソウにおける主要組織を網羅する高精度トランスクリプトーム(全RNA発現情報)を構築し、解析しました。これらの大規模データは今後の進化研究や新規有用天然物の探索の重要な基盤です。
■ベンジルイソキノリンアルカロイド(BIA)生合成遺伝子の進化的多様化
本研究の中心課題は、ベンジルイソキノリンアルカロイド(BIA)の生合成機構の解明でした。BIAは植物の防御に関与するとともに、医薬学的にも重要な天然化合物群です。
BIA生合成遺伝子の詳細な解析は、神戸薬科大学 山田泰之博士、京都大学(現サントリー生物有機科学研究所)の佐藤文彦が中心となって実施しました。これらの研究グループは、長年にわたりBIA生合成経路の解明と代謝制御機構の研究を先導してきました。
解析の結果、ハナビシソウに存在する多様なBIAは、主に遺伝子重複の繰り返しによって進化したことが明らかになりました(図参照)。多くのBIA生合成遺伝子は染色体上でタンデムに並び、系統的クラスターを形成しています。これらはDNA配列が類似した遺伝子群であり、機能分化を伴いながら進化してきたことがわかります。
■花の橙色を生むカロテノイドは少数遺伝子で制御
一方、鮮やかな橙色の花色を担うカロテノイド生合成経路は、アルカロイドとは対照的な進化様式を示しました。意外なことに、ハナビシソウのカロテノイド生合成に関与する遺伝子数は比較的少なく、顕著な遺伝子重複は見られませんでした。
花の発生過程において、特定のカロテノイド生合成遺伝子が強く発現誘導されることで、高濃度の色素蓄積が可能となっています。すなわち、遺伝子ファミリーの拡大ではなく、発現制御の強化によって鮮やかな花色が実現されていることが示されました。
また、花の発生制御に関与する遺伝子群も、限られた保存性の高い遺伝子ファミリーから構成され、重複は少なく、進化的に強く保存されていることが確認されました。
■進化研究と創薬研究への新たな基盤
本研究で構築された包括的トランスクリプトームデータは、進化生物学研究にとどまらず、新規天然物探索や創薬研究に向けた重要な資源となります。
特に、BIA生合成遺伝子の多くが種特異的であることが示され、ケシ科植物には未解明の薬理活性物質が多数存在する可能性が示唆されました。さらに、近縁種であるアヘンケシとの比較解析により、アルカロイド生合成経路の多様化過程についても新たな知見が得られました。
本研究は、植物の異なる形質がそれぞれ独自の進化戦略によって形成されることを明確に示すとともに、天然物化学と進化ゲノミクスを結びつける重要な成果となります。

図)ハナビシソウ(E. californica)の精密ゲノム配列の解析から、ハナビシソウでは、ベンジルイソキノリンアルカロイド(BIA)生合成系の特異的な遺伝子重複が起こる一方、花器官(Floral organ)形成に関わる遺伝子や花の色を決定するカロチノイド(Carotenoid)生合成遺伝子の増幅は、シロイヌナズナ(A. thaliana)と同様の全遺伝子重複(WGD)に止まっていることが判明しました。この結果は、生合成系(形質)特異的なゲノムの進化を示唆しており、植物の進化の理解が深まったと考えています。
