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2022.12.26 研究業績

イネ科植物のムギネ酸による鉄吸収機構の解明

イネ科植物のムギネ酸による鉄吸収機構の解明
―オオムギの根のトランスポーターの立体構造解析に成功―
Nature Communications に掲載
(令和4年11月23日)

オオムギ、イネ、トウモロコシなどのイネ科植物は土壌から鉄を獲得するためにムギネ酸と呼ばれる天然のキレート剤を根から放出します。ムギネ酸は土壌中の3価鉄と錯体(ムギネ酸鉄)を形成して、根のトランスポーターYS1から吸収されます。今回、村田佳子特任研究員は理化学研究所山形敦史上級研究員、白水美香子チームリーダー、徳島大学難波康祐教授、東京大学寺田透准教授、京都大学深井周也教授との共同研究によりイネ科植物のムギネ酸鉄錯体トランスポーターの立体構造解析に基づく鉄の取り込み機構を解明しました。この研究成果は、2022年11月23日にネイチャー・コミュニケーションズ電子版に掲載されました。

【発表論文】

“Uptake mechanism of
iron-phytosiderophore from
the soil based on the structure of Yellow Stripe transporter.”
Open access DOI: 10.1038/s41467-022-34930-1
山形敦史* (責任著者) (理化学研究所), 村田佳子(サントリー生命科学財団), 難波康祐(徳島大学), 寺田透 (東京大学), 深井周也 (京都大学)、白水美香子(理化学研究所)

理研・共同プレスリリース
◆植物が根から鉄を吸収する機構の解明
https://www.riken.jp/press/2022/20221205_1/index.html

【研究の背景】
 植物にとっても鉄は必須元素ですが、世界の不良土壌の約3分の1を占めるアルカリ土壌では鉄が水に不溶態の3価鉄として存在するため、根から鉄を吸収することができません。これを解決して、アルカリ性不良土壌で耕作ができれば、大幅な食料増産が期待できることから、3価鉄を溶かす農業用の鉄キレート剤の開発がこれまで精力的に行われてきました。難波教授らはムギネ酸よりさらに安価で安定な誘導体であるプロリンデオキシムギネ酸(PDMA)も合成して、アルカリ圃場でもその効果を確認することにより、実用化への一歩を踏み出すことができました(Nature Communications 12.1558 (2021))(図1)。しかしこれまで、YS1トランスポーターがどのようにムギネ酸鉄錯体を認識し運搬するのかその輸送機構は未解明のままでした。次の課題はムギネ酸鉄錯体とYS1トランスポーターの立体構造を解明することでした。

図1 イネのムギネ酸類DMAと誘導体PDMAによる生育評価
(写真提供:愛知製鋼株式会社 鈴木基史博士)

【研究の内容】
 山形研究員らは、まずクライオ電子顕微鏡を用いてオオムギ由来のYS1(HvYS1)の立体構造を決定しました。その結果、HvYS1は二量体を形成していることが明らかになりました(図2)。次に、HvYS1とムギネ酸鉄の複合体の構造解析に着手しました。得られたYS1と2’-デオキシムギネ酸鉄(Fe(III)–DMA)の複合体の立体構造より、HvYS1が鉄と結合したムギネ酸を特異的に認識している部位が明らかになりました。共同研究グループの難波教授らが合成したPDMAが鉄と結合した錯体(Fe(III)–PDMA)とHvYS1の複合体の構造解析にも成功し、Fe(III)–PDMAがFe(III)–DMAと全く同じ場所に結合していることが明らかになりました(図2)。このことは、PDMAがDMAと同じ機構で機能することを示しています。
 さらに、HvYS1がトランスポーターとして働く仕組みを、分子動力学シミュレーションを用いて解析しました。その結果、HvYS1に水素イオンが結合して起きるHvYS1の構造変化が、ムギネ酸鉄を細胞の外から内へと運搬させる機構の一端であることが示されました(図2)。

図2 HvYS1トランスポーターの構造と輸送機構

 理研のクライオ電子顕微鏡が捉えたHvYS1トランスポーターの構造をリボンモデルで表しました。コレステロールヘミコハク酸(コレステロールの類似物質)が二つのYS1分子を仲介し、二量体を形成しています。また、YS1トランスポーターにおける、ムギネ酸鉄(Fe(III)–DMA)結合部位の構造と、合成ムギネ酸類縁体と鉄の複合体(Fe(III)–PDMA)結合部位の構造が明らかになりました。次に、分子動力学シミュレーションによりYS1の輸送機構が明らかになりました。HvYS1二量体は二量体形成ドメイン(濃い緑)を足場として、ムギネ酸鉄結合ドメイン(薄い緑)が動くと考えられます。分子動力学計算より、三つのアスパラギン酸(D446、D490、D494)に水素イオン(H+)が結合すると、輸送のための構造変化が起きることが示唆されました。(写真提供:理研 山形敦史上級研究員)

【今後の展望】
 2022年11月には世界の全人口は80億人を突破し、今後12年間で10億人の人口増加が予想されています。近い将来、深刻な食糧難が危惧されています。全世界のおよそ30%は耕作に適さないアルカリ性不良土壌ですが、これを耕作地に転換できれば食糧問題の解決に大きく前進できます。ムギネ酸やPDMAなどの類縁体は、アルカリ性不良土壌の改善を可能にする画期的な次世代肥料として注目を集めています。
 本研究は、主に村田佳子特任研究員と山形敦史上級研究員との11年に及ぶ共同研究による成果であり、ムギネ酸鉄がどのように植物の根に吸収されるかを詳細に解明しただけでなく、難波康祐教授らが合成したPDMAがムギネ酸と同様の機構で働くことの確認にもつながり、今後のPDMAの実用展開を後押しするものです。

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